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名古屋高等裁判所 平成11年(ネ)88号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

段林和江

段林建二郎

高瀬久美子

養父知美

被控訴人(附帯控訴人)

乙野太郎

右訴訟代理人弁護士

瀬古賢二

主文

一  本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人(附帯控訴人)は、控訴人(附帯被控訴人)に対し、金九〇万円及びこれに対する平成七年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人(附帯被控訴人)のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その二を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

四  この判決は、一項1に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は、控訴人に対し、三三〇万円及びこれに対する平成七年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  本件附帯控訴を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。

2  右取消しにかかる控訴人の請求を棄却する。

3  本件控訴を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも、控訴人の負担とする。

第二  事案の概要等

事案の概要、争いのない事実及び主たる争点(争点に対する当事者の主張を含む。)は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の各該当欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

一  原判決四頁一一行目〈編注 本誌二〇六頁四段三行目〉の「被告受け持ちの」から五頁一行目〈同二〇六頁四段六行目〉末尾までを、次のとおり改める。

「被控訴人が担当する絵画専攻の三年生が四名(女子)、絵画受講の二年生が一名(男子)、絵画受講の一年生が三名(男子二名、女子一名)で、その余は被控訴人の担当外の彫刻専攻生などであった。」

(当審主張)

一  控訴人の当審主張

1(一) セクシュアル・ハラスメントの違法性を判断するに当たっては、当事者がいかなる力関係にあるかを抜きにして考えることはできない。

(二) この点、被控訴人は、控訴人が受講していた講座を担当していたほか、絵画専攻の指導教官という立場にあった。

控訴人が受講していたのは、絵画1(デッサン)、絵画3(彩色画)、版画の講座であった。そのうち、絵画1と3は必須であり、控訴人は、一、二年生で単位を取得していたが、三年生で改めて登録し受講していた。一度取得した講座を重複して受講した場合でも、当然単位は認定することになっている。したがって、被控訴人は、控訴人の受講していた絵画1、3について単位を認定する立場にあった。そして、現に、被控訴人は、控訴人の絵画1、3、版画について、前期の単位を認定している。

なお、絵画1、3の前期の単位のように、すでに取得した単位を重複して取得した場合は、高校教師の資格を取得する際に必要とされる単位数に組み入れて数えられるというメリットがある。高校教師の資格を取得するには、専攻の科目で卒業に必須の二〇単位に加えて、選択科目で二〇単位を取得する必要がある。控訴人は、一、二年生で三一単位を取っており、三年生で一一単位を取る予定であった。したがって、絵画1、3、版画については後期の単位が取得できないとすると、三年生で九単位しか取れず、もし他の単位を落としていたら、三年生のときに四〇単位を確保することはできないという事情があった。

単位の認定における教官の権限については、三重大学教育学部規定の第二章八条に、「成績考査は、試験(又はレポート、論文)の成績及び出席状況によって行う。ただし、演習、実技、実験、実習等は、平素の成績をもって試験に代えることができる。」とあり、控訴人が受講していた絵画1、3、版画の講座は、平素の成績、つまり平素の課題の作成と出席状況で評価されていた。課題の評価というのは教官の裁量によるところが大きく、被控訴人は単位の認定に当たり絶対的な権限を有していた。

また、控訴人は、絵画専攻生であったところ、絵画専攻の卒業研究は、卒業制作と理論文である。三重大学教育学部規定第四章一九条には「卒業研究の題目は、指導教官の承認を得て、卒業年度の四月三〇日(行政機関の休日にあたるときは行政機関の休日の翌日)までに学務第二係に届け出なければならない。」とされ、二二条には「卒業研究の考査は、二名以上の専任教官の審査員により行い、審査員の構成は、当該専攻において決定する。」、二三条には「卒業研究の成績は、優、良、可、不可の標語をもって表し、可以上を合格とする。」とされている。

まず、卒業制作の題目(テーマ)については指導教官の承認がいるため、指導教官の裁量によって承認されたりあるいはされなかったりという大きな影響を受ける。制作という実技の面で指導教官が適切な指導をしなければ、当然審査で不利益を受けることは明らかである。審査については、規定上では二名以上の専任教官となっているが、実際の慣行では、六名の美術専攻の教官が審査しており、その中でも指導教官の意見が尊重されることは、明らかである。したがって、卒業制作の課題の決定や制作過程での指導、審査等のすべての面で、指導教官は学生に対して絶対的といってもよい権限を有している。

(三) 被控訴人は、右の権限を背景として、出席や制作態度などの客観的な事実ではなく、評価の基準が明確でない主観的な判断に委ねられる作品の出来映えだけを評価するとの方針を最初の授業で表明するなどして、控訴人らを不安にさせ、報酬勢力と強制勢力を確立した。

そして、被控訴人は、毎週のように誰か一人の学生を他の学生の面前で集中的に叱責するなどし、些細なことや原因の分からないことで執拗に学生を追いつめていく指導方法を取ることによって、教官そのものが唯一の評価基準という状況を生み出し、その報酬勢力と強制勢力を増大させた。

特に、被控訴人は、控訴人に対し、七月一八日の絵画の授業中、暴力的な態度で叱責したことにより、被控訴人の控訴人に対する強制勢力を強大なものとした。

2 本件パーティーの二次会への参加は、事実上強制されたものであって、任意参加ではない。

絵画専攻生は、被控訴人が赴任するまで絵画専攻の教官がいなかったため四年生はおらず、三年生が控訴人を含む女子学生四名だけであった。

控訴人の指導教官である被控訴人は、特に右四名の絵画専攻生のために、学部新専攻生(新三年生)の新歓と前期授業の打ち上げを目的とする本件パーティーを提案した。

被控訴人は、授業の終わった後にコンパの説明を行った際、三年生の絵画専攻生全員が出席できる日を調べた上、「絵画専攻生は絶対参加」と言っている。また、一次会のパーティーの終盤、二次会をやるという話が出たとき、控訴人と丁野が被控訴人に対し、「デザインの課題の提出期限が明日なので帰りたい。」と言ったところ、被控訴人は、「今から制作しても間に合わないじゃないの。いつ出た課題なの。もっと早くからやってればよかったのに。きみたちに合わせたのに何だ。他の学生も都合合わせているのに。誰のためにやっているんだよ。」と言っている。

前記のとおりの権限及び強制勢力を有する指導教官から、右の開催の経緯のもと、予め出席可能であるか否かを調べられたうえで、パーティーへの絶対参加を言われ、理由まで告げて帰りたいというのに、そんな理由で帰るのか、お前たちのためにやっているのに先に帰るとは何だと言われれば、弱い立場の学生とすれば、教官の機嫌を損ねないために従わざるを得ないことは明らかである。ことに、四名の絵画専攻生のうち、遠方からの自宅通学の米山と馬術部で馬の世話がある織野が帰ってしまったために、控訴人は、余計に帰れなくなったのである。

したがって、本件パーティーの二次会は、事実上強制されたものであって、任意参加などではない。

3 仮に、本件パーティーの二次会への参加が任意参加であったとしても、本件パーティーの二次会は、美術科絵画の指導教官である被控訴人の呼びかけで、美術科絵画専攻生を中心とし、被控訴人の指導の下で課題作品制作を行っている学生を対象に行われた打ち上げコンパであり、指導教官と指導を受ける学生という上下関係、人間関係が及んでいるから、任意参加であるがゆえをもって、キャンパス・セクシュアル・ハラスメントであることを否定したり、違法性を弱める根拠とはならない。

4 被控訴人は、本件パーティーの二次会において、狭いカラオケボックス内で、客席に向かって正面を向いた状態で、ラブミーテンダーを歌いながら、身体をくねらせて、シャツのボタンを一個、一個はずしていって脱ぎ、脱いだシャツを客席に投げ、ズボンを落としてトランクス一枚になった。トランクス一枚になった被控訴人は、右太股の部分を中央に引っ張って股間を強調した。客席にいた控訴人からはトランクスの中の陰毛が見えるほどのものであった。その後、被控訴人は、一度は着かけたズボンをもう一度落として脱ぎ、今度は半身後ろ向きになって、トランクスを下げ、お尻を見せるコパトーンのコマーシャルのパロディーをした。

被控訴人の右の行為は、ストリップショーを意識した明らかに性的意図を持つものである。被控訴人の右の行為は、女性にとって屈辱的であり、性的不快感を感じさせるものであり、控訴人自身も強い屈辱感及び性的不快感を感じている。

5 被控訴人は、控訴人の手をつかんで手や首筋に氷を塗りつけたり、服の中に氷を入れているが、右は身体に対する単なる有形力の行使、接触である以上に、ひんやりとした氷の感触が性的な愛撫に利用され、性的な意味を持つ行為である。映画「ナインハーフ」において、氷を身体に塗りつけたり、氷の滴を首筋等にたらす行為が性的興奮を高める行為として行われており、そのシーンが宣伝として、テレビで繰り返し流されていた。被控訴人も、右のシーンを意識して右の行為に及んだものである。

したがって、被控訴人の右の行為も、平均的な女性にとって性的不快感を与える行為であり、セクシュアルハラスメントに当たるものである。

6 被控訴人は、控訴人の手を引っ張って、いきなり倒して控訴人のお尻のあたりに跨り、自分の太股と股間を控訴人の腎部や腰付近に押しつけて、腰を何度もふった。右の態様から、被控訴人に、指導教官としての優位な地位にあることを利用しての性的意図があったことは否定できない。

被控訴人は、控訴人に馬乗りになった後、丁野に対して、「何か歌え、丁野。」と言って、丁野に歌を歌わせたが、その際に、歌っている丁野を部屋の隅に追いつめて腰を横にふり、丁野の腰にあてるという行為をしている。丙野に対してもポーズを取らせているが、いずれも身体的な接触をする動機を持った行為である。

したがって、被控訴人には女子学生の身体への接触を意図するという性的な意図があった。

被控訴人の行為に一貫しているのは、女性の性を男性が盛り上がるためのネタ、娯楽の対象、余興、ざれ言として扱う意識、態度があり、女性の性をこのように扱う言動こそが、セクシュアルハラスメントである。

7 控訴人は、カラオケルームで被控訴人から引き倒されて馬乗りになられ、その後に部屋を飛び出すときに、トイレから戻ってきた丁野と入口のところで入れ違いになった。その後被控訴人も部屋を出たが、その際被控訴人が控訴人に対し、「冗談なんかじゃないよ。おれは何時だって本気だよ。」と述べているが、「どうしたの。ごめんね。悪気はなかったんだけど。」等と述べたことはない。

被控訴人は、七月二七日の午後一一時四五分ころ、控訴人方に電話し、その際電話に出た控訴人の姉を控訴人であると勘違いし、「どうしたの。今日泣いてたじゃん。」と述べているが、右は、控訴人に対し、謝罪する意図など全く窺われないものであった。

8 控訴人ら学生が、指導教官である被控訴人に対して、被控訴人のセクシュアルハラスメントに対してショックを受けていることを伝え、今後同様の行為がないように自重を求めたいと考えて、文書を直接手渡しするというのは、正当な行動ではあっても非常に勇気がいることであって、その方法として、美術科女子一同という集団かつ匿名の方法をとることは、力関係の存在を考えると決して卑劣でも、不当でもない。

右の控訴人ら女子学生の抗議に対し、被控訴人は、「システム的にある力関係で私もやります。」と指導教官の権限を誇示して指導教育、成績評価、単位認定等における報復をほのめかして、その抗議を封じ込めようとした。

被控訴人は、控訴人から手渡された抗議の文書を読み終えるやいなや、「お前ら、ここに座れ。」と怒鳴りつけて、控訴人らを椅子に座らせた。その後、被控訴人は、約六〇ないし九〇分間にわたり、机をたたいたり、大声でかつ威圧するような口調でしゃべり続けたりし、控訴人らが口を挟もうとしてもその言葉を遮った。そして、被控訴人は、女子学生らを、お前ら、てめえらと何度も威圧し、「これは甲野と俺との問題、女子一同と書かれた文書は受け取れない。」「合わせれば力になるって、これは暴力じゃないか、卑劣だ、最低だ。」「だからそのやり方するんだったらシステム的にある力関係で私もやります。」「そのくらいの覚悟はできているんだろう、甘えるな。」等と恫喝した。また、被控訴人の行為を「女性に対する侮辱だ。」と発言した門脇をやり玉に挙げて攻撃し、「お前は単位ないよ、何様なんだ。」と脅かした。

9 控訴人が八月二日に抗議をした後、被控訴人は控訴人に対し単位は心配しなくてよいという趣旨の発言をしているが、このことは、控訴人の不安を除去せず、かえって、控訴人に対して、被控訴人が、卒業制作や教職課程での単位認定において、控訴人の指導教官として、単位を認定する権限があることを改めて認識させた。そのために、セクシュアル・ハラスメントの被害者である控訴人は、加害者である被控訴人のもとで指導を受けることに不安を感じた。

また、控訴人は、夏休み期間中のうちに、弁護士に依頼し、被控訴人の行為に対して適切な対応を求める趣旨の書面を送付しているが、そのことによって、控訴人の不安や恐怖がなくなったものではない。被控訴人からは事実関係を否認した返答しかなかったし、三重大学からも調査しているという趣旨の返答だけで、控訴人の請求に対する正式な回答もなかった。

かえって、九月一九日に、三重大学の木下教育学部長は、控訴人の母親に、「これは、控訴人と被控訴人の問題であって、学校のことではない。僕だって、裸には、コンパの席ではよくなったよ。それが悪いというのは、何というか……。大学の自治を弁護士がかき乱すことが不愉快だ。これだけの文書を書いたらふつう大学を辞めるもんだ。」等と発言し、誠実に対応せず、かつ弁護士が辞任すれば大学としては話し合いに応じるという趣旨の発言をした。同席していた三重大学人文学部の岩本教官も、「弁護士の名前で文書を出すとは、大学の自治を犯すことですよ。大変な怒りを木下氏はもっていらっしゃる。後は、弁護士の名前をおろして、改めて本人または親の名前で、学部長宛に文書を出し直し、その旨学部長にお詫びの手紙を書くのが一番の策です。そうすれば、私が教育学部のしかるべき人に中に入っていただくよう頼んであげます。何だったら、私から弁護士さんに頼んであげましょうか。」と発言した。

一〇月一七日にも、岩本教官から、控訴人の代理人に対して、教育学部長の話であると断って、同様の申し入れがあった。

このように、被控訴人のみならず、三重大学も控訴人の被害救済を真摯に考えていなかったものである。

10 控訴人は、被控訴人の一連の行為により、人格的尊厳を侵害され、かつ絵画からデザインに専攻を変更することを余儀なくされ、良好な就学環境のもとで、教育を受ける権利を侵害され、多大な精神的苦痛を被った。これを金銭的に評価すれば三〇〇万円を下ることはない。

11 なお、慰謝料の算定にあたっては、次の事情も考慮されるべきである。

(1) 被控訴人は、赴任当初の引っ越しの手伝いの際や、絵画室の休憩場所で専修生が休んでいるときなどに、学生に対し、自分の女性関係の話をしていたし、直接的な性的発言をすることも少なくなかった。

(2) 被控訴人は、五月中旬の夜九時ころ、絵画室で制作していた控訴人をお茶に誘い、休憩室で二人だけで「女はきれいにしていなくちゃいけない。」などと話し、「控訴人はきれいだからそのうちいいことがあるよ。」などと話している。

また、六月にも、美術棟で、突然「控訴人みたいな子と恋愛するとつまんなそうだな。」と控訴人の望まない性的発言を繰り返した。

七月二三日には、控訴人に、クラシック・コンサートのチケットをプレゼントして、一緒にコンサートに行くよう誘っている。

(3) 被控訴人は、本件パーティーの材料買い出しに行く際の車中で、バッハのエチュードが流れたときに、「この曲はいやらしい曲だと思わないか。お前ら男に抱かれるとき、こんな感じだろう。」などと性的発言を行い、控訴人らを不快にさせた。

(4) 右の経緯に照らすと、被控訴人の本件パーティーにおける一連の行為は、全体として不可分のセクシュアル・ハラスメント行為であるばかりでなく、数か月にわたって繰り返されたセクシュアルハラスメントの一環でもある。

二  被控訴人の当審主張

1 被控訴人は、丙野に対して、背中に氷を入れようとし、丙野がこれを避けようとして床にうつぶせになったので、被控訴人は笑いながら丙野の背中の右肩胛骨あたりに自分の左足を軽く乗せ、左手を上に上げ、右手を下に下げてポーズを取った。このポーズは、日本の中世時代の有名な彫刻である天燈鬼のポーズを模したものである。

そして、その後に控訴人が部屋に入ってきて、ソファーに着席したところで、右の丙野になしたのと同様の一連の行為として、被控訴人は、控訴人に対し、背中に氷を入れようとしたところ、控訴人がこれを避けようとして、ソファーにうつぶせに倒れた。そこで、被控訴人は、左足は床に着いたまま控訴人の背中から腰のあたりに跨ったのである。

控訴人がソファーにうつぶせに倒れたのは、被控訴人が丙野になした行為と時間的に極めて接近していることから、一連の行為の流れとしてとらえるべきである。

2 被控訴人は、控訴人が倒れた方向を向いて、左足を床に付けたまま、ソファーの上にうつぶせになった控訴人の背中から腰のあたりに跨って、ガッタメラータの騎馬像を真似たポーズを取った。ガッタメラータの騎馬像では、騎乗している者は堂々として背筋を伸ばしている。この姿勢から性行為を連想することはできない。

3 被控訴人は、曲を歌い終わって、お腹をへこませてズボンをすとんと落としトランクス一枚になったが、それはわずかな時間である。被控訴人が曲の途中からトランクス一枚になり股間を強調し、その際陰毛を見せたという事実はない。

4 本件においては、ソファーにうつぶせに倒れた控訴人に跨っているだけで、抱きついたり、胸や尻、太股を触ったり、抱擁したり、キスをしようとしたり、ズボン、シャツ等着衣を脱がそうとしたり等の性行為を連想させる行為は一切なく、客観的に、被控訴人が性的意図を有して、控訴人の背中あたりに跨った行為をしたとはいえない。

被控訴人の行為は、不法行為にあたるものではない。

5 被控訴人は、控訴人ら女子学生の抗議を封じ込めようとしたことはない。

「システム的にある力関係で私もやります。」という言葉は、門脇にのみ向けられたものである。門脇の「自分が乙野に侮辱された。意思を無視された。被控訴人は学生の意思を尊重しない。学生は弱い立場にある。」との発言に対し、被控訴人は、我慢できずに述べたものである。その背景としては、被控訴人は、門脇の意思を尊重して門脇の絵画専攻を受け入れていたこと、門脇の普段の授業態度の悪さ、門脇が提出期限の過ぎた課題を前日に何らの断りもなく提出していたことなどの事情が存した。

また、被控訴人は、美術科代表の田端教官に、「自分が預かると女子学生が握りつぶすと心配するので、控訴人らの抗議文を預かってもらいたい。」旨依頼し、実際に田端教官が右抗議文を預かっている。

6 控訴人の当審主張一11の各事実は否認する。

なお、買い出しにいく際の車中での状況は次のとおりである。

被控訴人が、車中でかけたバッハの無伴奏チェロ組曲について、「静寂と重厚感と無駄なものがなく美しい緊張感を感じる。」「演奏者によって非常に変わる。」と話したところ、反応がなかったので、「初めて好きになった人と二人でいるとき、言葉がとぎれても、いっぱい会話をしているような充足感、喉があつくて苦しくなるような強い緊張感だけれども、静かで穏やかな感じである。好きな人と初めて二人きりで過ごす時間、空間のような緊張感、その人と結ばれる幸福感、そういう感じがいっぱい詰まっている。」と話した。すると、学生の一人が、「先生は、奥さんと今言われたような感じだったんですか。」と聞いてきたので、被控訴人は、「そうだよ。この曲のように美しく結ばれたんだ。」と答えたに過ぎない。

第三  当裁判所の判断

一  本件の経緯について

右についての認定、判断は、次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決二八頁六行目冒頭から五四頁一一行目〈本誌二〇九頁四段最終行〜二一三頁四段一〇行目〉末尾までと同一であるから、これを引用する。

1  原判決三〇頁二行目〈同二一〇頁二段一行目〉の末尾に「その車中でバッハのエチュードが流れたときに、被控訴人は、「この曲はいやらしい曲だと思わないか。お前ら男に抱かれるとき、こんな感じだろう。」などと性的発言を行い、控訴人ら女子学生を不快にさせた。」を加える。

2  同三四頁四行目〈同二一〇頁四段一九行目〉の「姿になった。」の後に「その後、被控訴人は、一度は着かけたズボンをもう一度落として脱ぎ、今度は半身後ろ向きになって、トランクスを下げ、尻を見せるコパトーンのコマーシャルのパロディーをした。」を加える。

3  同三七頁五行目〈同二一一頁二段一二行目〉の「丁野と入れ違いに」を削除する。

4  同三七頁六行目から七行目〈同二一一頁二段一四行目〜一五行目〉にかけて「突然原告の手を取って強く引いたため、原告は」とあるのを「控訴人の背中に水割り用の氷を入れようとしたところ、控訴人はこれを避けようとして」と改める。

5  同三八頁二行目〈同二一一頁二段二七行目〉の「被告が」から三九頁一行目〈二一一頁三段一〇行目〉の「戻った」までを、次のとおり改める。

「被控訴人は、控訴人をカラオケルームから出ていくのを見て、自らもカラオケルームを出て、控訴人をカラオケルームに連れ戻そうとした。控訴人は、「冗談でもあんなことをされるのは嫌です。」と抗議したが、被控訴人が、さらに「冗談なんかじゃないよ。俺は何時だって本気だよ。とにかく、機嫌を直して部屋に戻ろう。」等と述べ、控訴人の手をつかんでカラオケルームに連れていったため、ほどなくカラオケルームに戻った」

6  同四二頁六行目〈同二一二頁一段一〇行目〜一一行目〉の「午後一〇時一五分」を「午後一一時四五分」と改める。

7  同四五頁六行目〈同二一二頁二段三一行目〉の「(中略)」から七行目〈三三行目〉の「やります。」までを、次のとおり改める。

「合わせれば力になるって、これは暴力じゃないか。ちがうか。だから俺は卑劣だって言ってんの。最低だって言ってんの。だからそのやり方するんだったらシステム的にある力関係で私もやります。いいよな。そのくらいの覚悟はできてるだろ。甘えるな。だからやっていいよ。やったほうがいいと思う。」

8  同四六頁九行目〈同二一二頁三段二三行目〉の「勉強する権利を」から四七頁五行目〈二一二頁三段最終行〉末尾までを、次のとおり改める。

「お前ら教室の掃除をするわけでもない。じゃあお前ら全部単位がない。そういうことだったら、掃除をしなかった私たちが悪いと、集まってやればいい。……勉強するのはお前らの権利だよ。その権利を踏みにじるんだったら団体でまとまれっつってんの。……それでまとまるんだったら聞く。学生が弱い立場ってことで俺が怠けているんだったら、それは別に言ってくれ。……甲野にはちゃんと俺は謝る。でもこういうやり方は俺は嫌い。お前ら本当に卑劣だよ。お前らの卑劣さには俺は卑劣にやろうか。……授業ではっきりいやあ、お前単位ねえよ。え、何様なんだよ、お前は」などと控訴人らの抗議と何ら関係のない意味不明なことを述べ、さらに、「学生と教官で、一個の人間じゃないか。そういう力関係俺の中にはないといってもなくせないよね。だから俺が埋めていくってことをいろいろやらなきゃいけない。ただやっちゃいけないことっていっぱいあんだよ。……それで、皆が集まっていることに対して卑劣だっていうのと、皆が同じように恐怖感を感じた。……皆やっぱり、控訴人が恐怖感感じたって言うんで、皆も同じように感じるのもそうだと思うし、そういう状況作ったていうのも、本当に申し訳ないと思う。ただ、頭の中だけで考えて、これはとっちめられるってところで、得意になって出るような最低なやつには、俺はまあ、絶対に謝らないし、そういうやつはそういうやつの生き方をすればいい。俺は縁を切る。」などと述べた。

9  同五〇頁六行目〈同二一三頁一段二八行目〉の「原告らの抗議の趣旨には」から七行目〈二九行目〉の「思ったので、」を削除する。

10  同五〇頁九行目〈同二一三頁一段三三行目〉の「くれたんで、」の後に「私も絶対悪いことしてるんだからやっぱり反省しなきゃならないと思う。」を加える。

11  同五一頁一行目〈同二一三頁二段一行目〜二行目〉の「被告は、」の後に、「ふひひと笑いながら、」を加える。

12  同五四頁三行目〈同二一三頁三段三二行目〉の末尾に行を改めて、次のとおり加える。

「しかし、控訴人代理人からの右の内容証明郵便に対し、三重大学の学長からは、平成七年九月一一日付けで、「事実関係について当事者及び関係者から事情を聴取しているが、事実関係を見極めるため、時間的猶予が必要である。」旨の、同月二九日付けで、「今回の件は、教育学部が処理することになっている。現在、事実関係について、教育学部が調査検討を行っているところである。」旨の各回答がなされただけであり、かえって、同月一九日には、三重大学の木下教育学部長は、控訴人の母親に、「これは、控訴人と被控訴人の問題であって、学校のことではない。……。大学の自治を弁護士がかき乱すことが不愉快だ。これだけの文書を書いたらふつう大学を辞めるもんだ。」等と発言し、三重大学人文学部の岩本教官も、「弁護士の名前で文書を出すとは、大学の自治を犯すことですよ。大変な怒りを木下氏はもっていらっしゃる。後は、弁護士の名前をおろして、改めて本人又は親の名前で、学部長宛に文書を出し直し、その旨学部長にお詫びの手紙を書くのが一番の策です。そうすれば、私が教育学部のしかるべき人に中に入っていただくよう頼んであげます。何だったら、私から弁護士さんに頼んであげましょうか。」との発言をした(甲一三、一四、四八)。

一〇月一七日にも、岩本教官から、控訴人の代理人に対して、教育学部長の話であると断って、同様の申し入れがあった。」

13  同五四頁一一行目〈同二一三頁四段一〇行目〉末尾に行を改めて、次のとおり加える。

「右認定に反し、控訴人は、「トランクス一枚になった被控訴人は、右太股の部分を中央に引っ張って股間を強調した。客席にいた控訴人からはトランクスの中の陰毛が見えるほどのものであった。」、「被控訴人は、控訴人の手を引っ張って、いきなり倒して控訴人の尻のあたりに跨り、自分の太股と股間を控訴人の臀部や腰付近に押しつけて、腰を何度もふった。」と主張し、その旨原審において供述するが、反対趣旨の原審証人丙野秋子の証言および被控訴人の原審における供述に照らし、採用できない。

また、控訴人の当審主張11(1)、(2)の事実を認めるに足る的確な証拠もない。

一方、被控訴人は、本件パーティーの材料を買い出しに行く際の車中での状況につき、被控訴人の当審主張6のとおり主張し、その旨原審において供述するが、反対趣旨の丁野夏子の陳述書(甲五)の記載及び、控訴人の原審における供述に照らし、採用できない。

被控訴人は、平成八年八月二日のやりとりを録音したテープ(検甲一)には四か所途切れているところがあり、編集、改竄の痕跡が見られるとも主張するが、仮に録音部分に一部編集された部分があるとしても、長時間に及ぶその録音部分の内容からして、右認定を左右するものではない。」

二  不法行為の成否及び損害について

1  以上の各事実を前提として、被控訴人の各行為が不法行為にあたるか否かについて検討する。

2  まず、引用にかかる原判決第三の一4(四)及び(五)認定の被控訴人の行為が控訴人に対する不法行為にあたるか否かについて検討するに、いずれの行為も、被控訴人の地位、年齢等に照らすと、節度、品位にかけるものであったことは否定できないが、控訴人は被控訴人から本件パーティーの二次会にその出席を強く要請されてはいたが、その要請を拒否し得ないというものでもなかったこと、(四)記載の行為は、格別陰部を露出したとか、強調したとかいうものではなかったこと、(五)記載の行為も、その有形力の行使の態様、程度は、身体的な自由の拘束を伴わない軽微なものであったことなどからすると、いずれも社会通念上許容される範囲を逸脱しているとまでは評価できず、違法であるとは認めがたいものである。

3  これに対し、引用にかかる原判決第三の一4(八)記載の被控訴人の行為(以下「本件一加害行為」という。)は、故意になされた女性である控訴人の身体に対する不必要な有形力の行使であり、その態様及び程度からいって控訴人の意思に反することが明らかであって、節度と品位の欠如にとどまらず、社会通念上許容される範囲を逸脱する行為と評価することができ、違法であると認むべきである。

4  また、引用にかかる原判決第三の一6(一)記載の八月二日の控訴人らの抗議に対して被控訴人がとった言動(以下「本件二加害行為」という。)も、①被控訴人は、控訴人の指導教官として、卒業制作や教職課程での単位認定の権限があること、②抗議をした控訴人らが女子学生であるにもかかわらず、お前らとか、卑劣だとかその口調や言葉遣いに不穏当なものがあったこと、③正当な控訴人らの抗議の対し、何ら右抗議と関係のない単位認定の話を持ち出していること、④「システム的にある力関係で私もやります。」などの発言は、直接的には門脇に向けられたものではあるが、控訴人らをも意識した発言であること、⑤被控訴人は、控訴人に対しては謝罪する旨述べてはいるものの、控訴人の油絵の制作態度にも言及しており、控訴人に被控訴人による単位認定を意識せざるを得ない発言をしていることなどからすれば、控訴人の抗議を封殺する意図があり、本件パーティーの二次会でなされた被控訴人の行為に対する控訴人の権利行使などを妨害するためになされた威迫であると認めるのが相当である。

この点、被控訴人は、当審主張二5のとおり主張するが、控訴人ら女子学生の抗議に対し、被控訴人が門脇の問題を持ち出したこと自体に不自然であること、証拠(甲四、検甲一)によって、抗議文を預かった田端教官も控訴人の抗議をさほどのものと認識していなかったと窺えることから、右認定、判断を左右するものではないというべきである。

したがって、被控訴人の右の言動も、違法であると認むべきである。

5  そこで、控訴人の被った損害につき検討するに、前記一の認定事実によれば、控訴人が、被控訴人の本件一、二加害行為により、著しい屈辱感と嫌悪感を懐くとともに、指導教育、成績評価、単位認定などにおいて著しく不利益な取扱を受けるのではないかとの不安を持ったことが推察されるほか、被控訴人が絵画からデザインに専攻を変更することを余儀なくされ、精神的苦痛を被ったことが認められる。

そして、被控訴人は、控訴人が専攻する絵画担当の助教授であって、本件一、二加害行為は、被控訴人の有するかかる優位な地位を利用してなされたものと窺えること、被控訴人は控訴人に対し本件一加害行為につき一応の謝罪の意思を表明してはいるが、真に謝罪の意思があったものとは認め難い(ちなみに、本件一、二加害行為に関する三重大学の対応も必ずしも適切であったものとはいえない。)ことなどの事情があるが、他方、本件一加害行為の態様、程度は、前記一の認定のとおりであって、身体的な自由を奪われた時間はごく僅かにとどまること、本件一加害行為は、被控訴人に女子学生である控訴人への身体的接触の意図があったにせよ、陰湿さはなく、それを見ていた女子学生の一人も自分は性的な行為は想像しなかった旨供述していること、控訴人が絵画からデザインに専攻を変更したことによっては美術科の卒業及び高校教師の資格取得そのものには必ずしも不利益が及んだとは認め難いことなどといった事情も存するので、これらの事情を総合勘案すると、本件一、二加害行為により、控訴人の被った精神的損害に対する慰謝料の額は、八〇万円と認めるのが相当である。

また、本件の難易、認容額、審理の経過などに照らすと、右不法行為と相当因果関係のあるものとして被控訴人に賠償を求めうる弁護士費用は、一〇万円と認めるのが相当である。

6  以上によれば、控訴人の請求は、九〇万円及びこれに対する不法行為後である平成七年一二月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余はこれを棄却すべきである。

第四  結論

よって、本件控訴に基づき右と一部異なる原判決を変更し、本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺本榮一 裁判官 下澤悦夫 裁判官 内田計一)

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